2003年3月号

 子どもが「読んで!」と絵本を持ってきました。『はなをくんくん』(福音館書店)
 冬の間、動物たちは冬眠をしています。野ねずみ、クマ、カタツムリ、リス、つちねずみが、地面に掘った穴の中や木のうろで、寒い冬にジッと耐えながら寝ています。

 ある日、動物たちが鼻をくんくんさせ始めます。眠そうな目を開けて、鼻をくんくんさせて何かのにおいをかぎつけます。そして、みな穴から出てきて雪の中をにおいのする方へ走っていきました。たどり着いた所にあったのは、黄色い小さなお花でした。みんなが待ちこがれていた春がやって来たのでした・・・という物語です。

 春は待ち遠しいです。そこには、寒い冬をジッと我慢しながら過ごしたがゆえに輝く生命の輝きがあります。このときのために蓄えてきたエネルギーを一気に放つ生命の躍動があります。それは“本物の輝き”です。だから、美しいし、だから素晴らしいと感じるのだと思います。

 そんなことを考えていたら、よくお花をくださる方と昨年の暮れに交わした会話を思い出しました。それは12月にチューリップをいただいたときのことです。わたしは真冬にチューリップを咲かせる技術が大したものだと感心しながらその旨を伝えました。すると、その方はこうおっしゃったのです。「確かにそうですね。でも、やっぱり弱いんですよ。すぐ茎がしおれて花がうなだれたりします。」ちょっと驚きました。まさかそんな弊害があるとは想像もしませんでした。でも、妙に納得もしたのです。

 言うまでもありませんが、チューリップは無理を強いられたのです。そのため、見た目には同じようでも本来の自然の姿は失われ、自らの力でしっかり立ち続けることのできない姿になってしまったのです。

 チューリップは春に芽を出して花を咲かせますが、だからと言って春先に球根を植えてもダメです。秋に植え、冬の間に根を張って力を蓄えるからこそ、春に花咲くのです。

 見た目に華やかな表面的な部分だけでなく、真の輝きを放つための備えの大切さを改めて思い起こしました。地味で、見栄えがしない、そんな下地があってこそ、生命は真の輝きを放つのだと。